心に多くのことがある。
それを神は、わたしが思っている以上に、そのすべてを、その隅々まで知っておられることを、味わう日だった。
礼拝メッセージが語られる。
神の言葉にこそ力がある、その確信を御霊が導き、備える心が与えられた。
神の言葉だけが語られることを信じて聞ける喜びよ。
語られる一つひとつの神ご自身の言葉を通して、神がわたしに語り、心にあった一つずつのことを導いた。
心が安らいでいき、自分が思うたくさんのことを置いて、神が「そうしなさい」というその教えが、ゆっくりとわたしの中に溶けていった。
神がわたしを知っておられ、導く神であることを信じて感謝し、主を礼拝した。
自力の思いや考えは、どうしたって自力で置くことは不可能で、自力でどうにかしようとすると、それはいくらでも膨れ上がる。だってそこにあるのはすべてが自力だから。
神にしかそれを癒し、解くことはできない。
主に知られている。
その事実が、どれほどの癒しであり、どれほどの励ましだろうか。
