偉大なわたしの愛する主は、今日も生きて働いておられる。
その温もりある御手の中でわたしは今日という日も生かされた。
曇り空にときどき雨、寒い1日だった。
人を愛すること、主に委ねること、祈る務め。
これら三つのことを今日は教えられた。
一つ目、愛すること。
神を愛することと、隣人を愛すること。
大切なこの戒めを守りなさい、と主は今日も教えてくださった。
そして主によってそれが可能であることを、たくさんの励ましと共に。
そこでイエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
マタイ22:37−39
主がわたしに愛することを実践しなさい、と深い愛で導く。
わたしはそれを感謝の涙と共に受け取った。
二つ目、主に委ねること。
導かれて行動したことだったけれど、
当然そうなる、当然こうあるべきだ。そうであってほしい。そうでいてくれ。
自分の中にはそのような思いや願い、考えが強くあったことを知った。
だけれど、主に委ねることは、それら【すべて】を置いて、主の導きに信頼することだと教えられた。
これを導かれたその瞬間、自分の両手いっぱいに力強く握っていたものを、文字通りに手放した。御霊がそうしてくださった。
心が安らいだ。
三つ目、祈る務め。
神に見せられたものがある。それをわたしは大切に祈る務めが与えられていることを受け取った。
与えられたその務めは、祈りたいから、とか、祈りたいように祈る、ということからわたしをはっきりと離れさせ、御霊で祈る、というところへ力強く立たせた。
自分の思いではなく、見せられたこのことをわたしはどう祈るべきなのか、御霊によって祈るべきことを正しく祈らせてください、どうか主よ、助けてください。
主に心から求める祈りがうまれた。
“正しく”と求めることに最近抵抗があった。正しさを求める時の多くは、わたしの場合、信仰から離れていることが多いから。
だけれど今日は御霊に導かれるままに「正しく祈らせてください」と、気づいたら切に願っていた。
神から受けた務めは、神に求めることなしには果たせない。
神の教えを土台とした人生を導く御霊。そして、いつも神の言葉で支え、教えてくださる存在を今日も主に感謝した。
受け取ったことは実践。祈りに支えられ、そのスタートをきった。
