自分の思い通りになることのむなしさを知った。
「家では寝てばかりの夫。もっとシャキッと、ちゃんと起きて生活してほしい」
その思いと願いがわたしにはあった。
それをあらわしたところ、夫が起きてくるようになった。
しかもそれだけではない。
わたしがどうしても苦手で後回しにしがちなお皿洗いを、彼が率先してやってくれるようにまでなった。
「あの家の旦那さんみたいに、もっと家事を自らやってくれたらいいのに」
わたしの長年抱いてきた理想が、ついに実現したのである。
しかし、そこに喜びと満足はなかった。
あったのは、むなしさ。
「物事が、人が、自分の思い通りになった」
それで?それがなに?なにになる?
それを求めてきた自分の姿に、そしてその結果に、驚くほどのむなしさに襲われた。
神へのごめんなさい。
そして、神のみこころを願うこと、神の計画がなること。
これを心から求め、いのらされた。
この祈りはわたし自身だけでなく、すべてを満たすこと。
喜びと希望は、ここにあるのだと。
むなしさを教えてくださった神に感謝。
もちろん夫は、わたしが言ったから起きるようになった訳ではない。
彼が神との間で変化があったようである。
人を変えるのは、神であり、神の言葉であることを、また神はわたしに教えた。
神の偉大さ、その主権をたたえます。