このブログを始めた時、神によって始めたと思っていた。喜びがあって、期待があった。
でも、時々ブログを書いていて、苦しくなることがある。
これを書いたらあの人になんて言われるだろう。
これは正しい実践ではないんじゃないか。
読んでるよ、励まされたよ、と言ってもらえるけれど、それ以上の言葉はない。
書くときに、人を思い浮かべていた。
人によって始めて、人によって続け、結果、人によって苦しんだ。
神によってと傲慢になっていたけれど、現実は人のせいにしていた。
どこかで前より成長できたと思い込んで、もう多くを知ったつもりでいて。
ある程度、前の自分とは違うからといって、もっと前に進めていると思っていた。
でも、いつだって私は神によって変えられるべきところがあって、神がそれを絶えず教えてくださっているから、私は傲慢になる余地なんてなかった。
人にあってなのか、神にあってなのか、私はこれでいつもたたかう。
人を通して神を信じているのか、神を信じているのか。
散々泣いて、祈った。
それでもやっぱり、このブログを神のために続ける気持ちは変わらなかった。
今日からは、信仰によって始める。
これがその一歩。