南足柄 クリスチャン 20代 二児の母 日々のレポート
すべてが神から
すべてが神から

すべてが神から

夫婦で1週間ほど体調が悪かった。     精神的には週7ペースで調子を崩しているが、風邪を引いたりすることはあまりない。体調を崩すたびに必ず、「人は病気になってはじめて健康であることを感謝する」というだれかの言葉を思い出す。毎回思い出しているのに、健康でいる時にはそれにほんとうに慣れてしまい、健康であることがどれほど感謝で、素晴らしい恵みなのかを思うことはなくなってしまう。でも今回、また思い出すことができた。

体調を崩し始め、いよいよ生活に支障が出てきたところで、癒しを求めて、特に夜寝る前に「どうか朝起きたら完全に良くなっていますように」と、力強く祈った。でもすぐに、そんな自分にひどく違和感を持った。こうして困った時だけ神に癒しを求めている都合の良い自分。そこから、日々の生活を振り返り始めた。まず、「健康であることを感謝しているか」。次に「日々の疲れを神によって癒して頂くことを祈っているか」。そして、「夜ゆっくり眠れることを神に求めているか」。神の前で、それらが当たり前になりすぎていたことを告白し、悔い改めた。健康であること、ゆっくり休めること、眠れることは、神の守りと恵みによってである。でもだからといって、決して「健康=守られている」「病気=守られてない」わけではない。病気になっても、神の守りの中にある。私たちは神の絶対的な守りの中にあるゆえに、何から守られているのか、知らないこともたくさんあるのだろうと、夫との会話で教えられたことがある。

すべてが神から来ていると私は信じている。健康も、癒しも、回復も。それらを求めることと、今日も様々なものから守られ、それらが与えられていることを感謝するようになった。 夜にだれかと交わりをした時、「今夜もゆっくり休めますように」と、いつも祈られてきたことを思い出し、それを祈る大切さを今回学ぶことができた。

くだらないYouTubeをへらへらと見ているようで確実に何かを学ぶ夫を見て、私も少しずつ学ぶことを覚えている。