息子がうまれた。産後1ヶ月の間、私の身体を休ませるため、母に住み込みでのお手伝いをお願いした。
こちらからお願いしたものの、「どうせ喧嘩勃発だろう」と私自身思っていたし、多くの人もそう思っていたようだ。なぜなら周知の通り、私たち親子は散々感情的なぶつかり合いをしてきたからだ。母の、「あなたは2歳の頃から反抗期だった」という言葉が、それを恐ろしいほどにあらわす。
母は私に「あなたのことを可愛いと思った記憶がない」とよく言った。そして私も、一般的な母親像とはまるでかけ離れた母を愛することができなかった。(私の描く一般的な母親像:おしとやかでそれなりに身なりを綺麗にしていて、少し冷凍食品を使ってカラフルなお弁当をつくる人)
退院し帰宅してから、夫と私と母の3人で、祈りを持ってこの生活を始めた。息子の名前の意味でもある「“キリストにあって”毎日を過ごせるように」と。
いざ、生活が始まった。なぜか、喧嘩が起きない。今までだったら腹を立てていたことに、腹が立たず、むしろ、いつも感謝が絶えなかった。母に与えられている沢山の良いものが見え、心からの尊敬をおぼえた。毎日沢山の話をする中で、私が母にしてきたことを神に悔い改めるとともに、母にも心から謝ることができた。
母は、「私の身体を休ませるために手伝ってほしい」という私たち夫婦からのお願いに、これでもかというほどに使命感を持ち、忠実に行動してくれた。私の心が弱っている時、神にあって励ましてくれた。自分の体験している神を、教えてくれた。肉の家族に、私は弱い。しかし母とは、それに勝る「神の家族」であるという、当たり前ではないその恵みを味わい、神に心から感謝した。知識はあったが、体験的にわかったのははじめてだった。
どうしてこんなにも、母も私も心が平安に包まれ、毎日を過ごせるのか、はじめは理由がわからなかった。なぜなら、自分たちが何か意識したわけでもなく、我慢しているわけでもなかったから。しかし、これまでの体験からすぐにわかった。「神の働きでしかない」と。
喧嘩をすることは悪いことではない。しかし、私たちの喧嘩は互いの存在を愛することなく、自分勝手な思いで傷つけ合っていただけのものだった。それがこの1ヶ月、私は初めて母を神によって愛することができ、母と過ごした時間はとても愛おしいものとなった。
母によるお手伝いが終わりに近づくにつれ、毎晩のように寂しさに涙を流したが、それと同時に、これからは自分に与えられた新たな使命に立つのだと、心が変化していくのがわかった。毎日毎日、心と考えが御霊によって支配されるよう祈っていたが、その結果を味わった。キリストにあって過ごせるようにという祈りで始めたが、想像していた以上の、神の答えを体験した。
今回受けたとてつもなく大きなこの祝福は、私の内にだけ留めておくのではなく、証すべきものであり、この体験のゆえに、これから益々用いられるという大きな確信を持っている。
唯一の神は、忍耐深く、憐れみ深く、愛に満ち、優しい神。ただただその御名をたたえます。