神様は乗り越えられない試練は与えられない。
この、繰り返し語られている大きな励ましによって、心が強められた。
そんなわたしは、「今年は訓練の一年になる」と夫につぶやいた。
書くことが始まって、チームに参加することが始まって、訓練の一年になると。
向上すべきことしかなくて、努力が必要で、そして最もは、人や能力・状況ではなく、“神”を信じて進んでいく信仰が必要。
それがはっきりと見せられている。
しかし、夫につぶやいて1秒後には、「いや、これ、一生続くわ。そうだよね?神様によって歩むなら、そういう人生だよね?これが普通だよね?そう思わない?」
「そうだよ」と、いつものように優しくニコニコしながら言った。
「いまさらわかったんだね」と言わずに、わかった今を喜んでくれるのが夫である。
でも本当に、やっとわかった、のである。
神様によって歩むなら、当然、訓練が与えられる。
成長のため、さらに用いられるため。
新しくされるべきところはあまりに沢山ある。
ただ「苦しくて嫌」だった訓練は、神にあるなら喜びと希望があるものだった。
訓練が来て、その度にひどくびっくりしたのがこれまで。
でも今は、訓練が必ず来る、と備えて待つことができるようになった。
これは、なんの苦しみや痛みもなく生きていたいわたしにとって、とても大きな変化である。
一歩ずつ、前に進ませてくださる神に感謝。
これから、どんな訓練が来るだろう。