わたしには二人の愛するむすこが与えられた。
この子育てを助けてくれる、母という恵みの存在を主は贈ってくださった。
日々、本当に助けられている。
親になって、自分がどれだけ愛されてきたのかを、いつも味わう。
子育てをすればするほど、それは深まり、母への尊敬と主への感謝であふれていく。
私の古い性質は、笑ってしまうほど母に似ていてる。考え方、感じ方、思い、好きなもの、こと。
わたしは母に似ていることが嫌だった。今でもぞっとする瞬間がある。
だけれど、似ていない部分もあることを最近発見した。
「母のように愛情深い人間ではない」ということだった。
自分よりも子どもを優先させるほどの愛もなければ、自分中心で考えて行動していることがあまりにも多い。
母とは似ていないことにショックを受けている自分に、まず驚いた。
そして、母と対照的な姿を知った時に、大きなショックを受けた。
だけれど、落ち込むよりも前に、自分の中に主からの愛が流れていることの確信が満ち満ち、そしてそれをむすこたちに流していけばいいのだと、すぐに主がやるべきことを明確に示し、力づけてくださった。
わたしの愛の始まりはここにある。↓
“キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。 第一ヨハネ3:16”
ちょうどむすこの課題で、この暗唱聖句を家族で味わっていた時だった。
このみことばは、私の信仰告白となった。
愛の始まりはキリストであり、模範はキリスト。ハレルヤ。
母は昔から神に愛され、神を愛する人だった。
その恵みをわたしは受けてきたのである。
主はこの存在を通して、”神が愛である”というご自分の偉大なご性質を、私に示し続けてくださった。
それは間違いなく、主と私自身の関係に深く影響をもたらした。
神は愛だ。
