南足柄 クリスチャン 30歳 二児の母 日々のレポート
愛され、愛する。
愛され、愛する。

愛され、愛する。

わたしには二人の愛するむすこが与えられた。

この子育てを助けてくれる、母という恵みの存在を主は贈ってくださった。

日々、本当に助けられている。

親になって、自分がどれだけ愛されてきたのかを、いつも味わう。

子育てをすればするほど、それは深まり、母への尊敬と主への感謝であふれていく。

 

私の古い性質は、笑ってしまうほど母に似ていてる。考え方、感じ方、思い、好きなもの、こと。

わたしは母に似ていることが嫌だった。今でもぞっとする瞬間がある。

だけれど、似ていない部分もあることを最近発見した。

「母のように愛情深い人間ではない」ということだった。

 

自分よりも子どもを優先させるほどの愛もなければ、自分中心で考えて行動していることがあまりにも多い。

母とは似ていないことにショックを受けている自分に、まず驚いた。

そして、母と対照的な姿を知った時に、大きなショックを受けた。

だけれど、落ち込むよりも前に、自分の中に主からの愛が流れていることの確信が満ち満ち、そしてそれをむすこたちに流していけばいいのだと、すぐに主がやるべきことを明確に示し、力づけてくださった。

わたしの愛の始まりはここにある。↓

“キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。 第一ヨハネ3:16”

ちょうどむすこの課題で、この暗唱聖句を家族で味わっていた時だった。

このみことばは、私の信仰告白となった。

愛の始まりはキリストであり、模範はキリスト。ハレルヤ。

 

母は昔から神に愛され、神を愛する人だった。

その恵みをわたしは受けてきたのである。

主はこの存在を通して、”神が愛である”というご自分の偉大なご性質を、私に示し続けてくださった。

それは間違いなく、主と私自身の関係に深く影響をもたらした。

神は愛だ。

 

 

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