南足柄 クリスチャン 20代 二児の母 日々のレポート
伝える
伝える

伝える

職場で、色々と気づかされることがある。

自分が思うことというより、神にあるならこうすべきじゃないかということを。

夫に話すと、「気づいているのなら、それは伝えるべきことだ」と教えられた。

すぐに私は、嫌だなあと思った。
また正義で返されるのではないか。
また上から説得されるのではないか。
あるいは、何にも響かないのではないか。

でもそれは自分にあるなら、の話であって、神によって見せられているのなら、私は伝えるべきである。

翌日、祈りながら備え、まずは一人の人に伝えるチャンスが整えられた。
見せられたことをそのまま伝えた。
私はできれば同意や共感が欲しかったわけだけど、また違った反応で、その人が悩んでいることや新たな視点も知ることができた。

伝えることを自分で握ると、苦しむし、嫌になる。
でも、見せられたことに何かを付け加えることなく、ただシンプルに伝えることで、結果を大事に受け取れることを知った。

これまでの伝える動機は、相手を変えたいとか、相手を黙らせたいとか、ひどいものだった。激しく、色々な失敗があった。
でも今は、神が私に見せてくださったことを、神に対して忠実に伝えることに立たされている。

私にとってそれは、まだ大きなチャレンジであるけれど、これが“いつも”“当たり前に”神と共にできるようになりたい。そしたらもっと、仕事の中で、人間関係の中で、神関係の中で、前進が味わえるのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)